空想畏国読書「デュライ白書407年目の真実」

目次

本文

謎が謎を呼ぶイヴァリース

FFTのイヴァリースといえば、隣国と五十年も戦争したりするわ、国内のいたるところで凶暴なモンスターが闊歩してるわ、火山はあるわ寒山はあるわ砂漠はあるわと、やたらとダイナミックな国である。

しかし、それはあくまでも「国」レベルでの話。他のFFシリーズの主人公たちは、飛空挺に乗って大空を駆け回ったり、潜水艦で光も差さぬ深海へ潜ったり、果ては宇宙やら異世界やら異次元空間やらへと進出したこともある。それに比べりゃ、イヴァリースなどただのちっぽけな「小国」。端ッから比べる方が間違ってるぜと言いたくなる。

でもちょっと待った。じゃあイヴァリースは実際どれだけの広さなのだろうか。そして何人もの人が住んでいて、どんな生活を送っていたのだろうか。私たちはそれすら考えることなく、イヴァリースをちっぽけだと決め付けて良いのだろうか。

そう、七年前に発表されたアラズラム・J・デュライの「デュライ白書・400年目の真実」には、まだまだ解かれていない数多くの「謎」と「真実」が埋もれている。FFTには、他のFFシリーズには無い、真実を探求するというテーマがあった。本書ではその「謎」を解き明かし、少しでも真実に近づけたく、しばらくの間お付き合いただこう。

広いのか、狭いのか

まずこの時点で問題である。国と一口にいっても、ユーラシア大陸の3割を占める広大な国もあれば、そこらの市町村にさえ負けるような狭い国もある。ざっとでいいので、おおよその概要はつかまなくてはならない。

といっても、当時のイヴァリースの国土面積を正確に記した資料は無い。無い限りは、別の手段からアプローチして面積を求めるより他は無い。ともあれ、まずは狭いという説から考えてみよう。この最大の根拠はラムザ一行の移動速度である。

FFTのゲームシステム上、ラムザ一行は街から街までの一区間を一日で移動する。東西でいえば、西端のイグーロスから東端のザーキドスまで最短11日かかるので、多少余裕を持って行動していたとしても、一日の平均移動距離を考えれば、イヴァリースの大きさが大体分るというわけだ。

例えば、昔の日本人は東海道の道のりを一日約40kmの速さで歩いていたと言われている。試しにこの値を代入してみると40km×11日=440km。イヴァリースの国土は大体ひし形に近い形をしているので、計算を進めると約97000km2。水域面積を差し引けばだいたい9万km2といったところだろうか。大体北海道より少し大きい程度で、思ったよりも小さい国であることが伺える。

次に広いという説を考えてみる。ご存知の通り、イヴァリースにはベルベニア活火山を筆頭に、ドグーラ峠、ゼクラス砂漠、ドルボダル湿原など、実に自然環境が豊かである。遺跡などの観光資源も豊富なことだし、ディリータ新王は是非これらの宣伝・開発に力を入れるべきだろう。

と、まあそれは良いとして、ここでは、地質学的に貴重な資料となりうる「火山」――特にベルベニア活火山に着目したい。

一般に活火山は、出来てまもない若い大地(新期造山帯)に多いとされている。何故なら、火山活動というのは大地が活動する造山運動の一つであり、活発な火山が多いということはその大地が若く、活発に活動していることを表すからだ。ちなみに、日本列島も新期造山帯の一つである。

ところが、そのすぐ隣には、なんと国内最大規模の鉱山都市が栄えているではないか。ゴルランドの主産物は石炭だが、普通石炭というものは、大地が古ければ古いほど炭化が進み良質なものになる。日本の石炭の価値が低いのはこのためなのだが、しかもそのまた近くのゲルミナス山岳のヘルプメッセージを見ると大陸の中で最も古い時代に形成された山脈とされている。新しいどころか最古ときた。どーゆーことだ、これは?

考えられるのは、イヴァリースが果てしなく、例えばヨーロッパ並みの広さを持っているという場合だ。ヨーロッパ全土の面積は約1000万km2。これは相当にでかい。モンスターが棲んでいようが火山があろうが、全く問題無い広さである。

両者共倒れ……

さて、ここに二つの仮説が揃ったが、片や9万、片や1000万ではさすがに誤差というにも無理がある。ならば、試しにお互いの説と根拠を比べ合わせてみよう。

仮にイヴァリース全土を9万km2だとすれば、北海道より少し大きいぐらいの土地に、全ての都市と地形が納まっていることになる。さながら自然の博覧会だ。しかも住んでいるのは人間だけではない。チョコボやゴブリン、時にモルボルやヒュドラなど、人間よりも遥かに力を持ったモンスターがそこかしこに闊歩している。雀の涙ほどの土地で隣国と50年もどんぱちをやらかし、挙句挟み撃ちの憂き目に遭いながら、国内の凶暴なモンスターや過酷な自然と共存して、そのうえ跡継ぎ騒動で国内紛争……どう考えても無茶苦茶だ。

ならば1000万km2ならどうか、しかしこれはこれで大変だ。逆算すると東西間距離は約3200kmで、一日辺り最低290kmも歩かなければならない。二十四時間ぶっ続けで移動したとしても、なんと一時間辺り12kmのノルマだ。ラムザたちはただでさえ重い騎士剣やら鎧やらを担ぎながら、自国の平和のために連日寝る間も惜しみながら目的地に向かって全力疾走しなければならないのだ。それも現代のように舗装された平坦な道ではなく、海超え山越え砂漠超えである。こんな状態でモンスターと戦えるか!

でもイヴァリースって進んでるよね

広すぎるとラムザたちが過労死してしまうし、狭すぎると人も魔物もすし詰め状態。世の中なかなかうまくいかないものである。

そもそも、あの国は本当に中世ヨーロッパと同じ社会のシステムなのだろうか。

疑いを持ってよくよく考えてみれば、イヴァリースの文明レベルは思った以上に高い。まず、ラムザらが通った士官学校というシステムが整備されたのは現実では17〜18世紀のことだし、フォボハム平原にあるような円形風車が開発されたのは19世紀の話である。また全国一律の値段で、一回の服用量ごとに小瓶に詰められたポーションなどの医薬品がショップで手軽に入手出来たりもする。こんなまね、流通機関がよほど発達していない限り不可能だ。もちろん、中世ヨーロッパにそんな技術は存在しなかった。

ところが、その一方で思想面は極めて遅れている。いや、時代背景と一致しているというべきか。例えば、作中で度々言われた「貴族は貴族、平民は平民」という封建制度が崩壊し、絶対王権制が始まったのが14世紀の始め、50年・獅子戦争のモデルとされる100年・薔薇戦争の頃であり、イヴァリースのモチーフとされたであろう年代とほぼ一致する。またイヴァリース中で活躍する騎士も、現実には銃器の発達によって15世紀辺りには姿を消しているまずなのに、イヴァリースの騎士たちは未だ健在である。

物質的な発展と、精神的な途上。それも10年20年程度では無く、少なくとも3〜4世紀近くのズレがある。それは何故か。――おそらく、FFTの最大の醍醐味である、ジョブチェンジ・アビリティシステムが原因ではないだろうか。

このシステムは、心身の鍛錬によって一人の人間が際限なく強化されることを表している。敵もゲームバランスも粉砕するオルランドゥなどその典型例であるし、現実社会でいわれる「一人の達人より百人の凡兵の方が強い」といった常識は当てはまらない。つまり、士気と人海戦術が基本の現実社会とは違い、指導者・高位武家の名誉は実力によって証明され、封建制崩壊のきっかけを作れなかったのではないかと考えられるのだ。上にいるから偉いのではなく、偉いから上にいたのである。

人口を求める

次は人口を考えてみる。なにせ人口といえば、FFTの中でも最も多く具体的な数値が出た要素の一つ。これを考えない手は無い。

ではまず、次の発言録をご覧戴きたい。これは獅子戦争が膠着状態に入った後の南天騎士団の作戦会議での発言録である。重要な部分は勝手ながら私が強調させてもらった。

ボルミナ男爵
死亡者は昨日までに約2万、両軍を合わせると倍の約4万……。負傷者はわが軍だけでも軽く20万は超えます
エルムドア侯爵
問題は死傷者だけではない。兵糧の蓄えもあとわずかになってきたが、これは計画どおり。厄介なのは今期の干ばつだ。兵糧を買い付けようにも、モノがない有り様で、税収の大幅減と合わせて通年の半分以下しか備蓄できん。
ブランシュ子爵
それについてはラーグ公も同じであろう。あちらはこの収穫時期に長雨が続いたおかげで、刈り取る前に穂が腐ってしまったそうだ。
オルランドゥ伯
むしろ問題なのは、この戦乱によって職や住む処を奪われた民だろう。オーランの調べによると王都ルザリアにはすでに10万人を超える難民が流入しているとか。
ブランシュ子爵
ハハハッ、それはよい。ラーグ公側も食料の買い付けに苦労するだろうよ。
オルランドゥ伯
笑いごとでなないぞ! 戦線が拡大すれば我々とて同じ。大量の難民がいつこちら側に流れ込んできてもおかしくないのだ! ……やはり、そろそろ、和平工作を始めるべきではないだろうか…?
ゴルターナ公
貴公らの心配はもっともだ。だが、この戦いをやめるわけにはいかぬ。通年より3割ほど増税しよう。また、穀物などを高値で売買する輩が出ぬよう監視を厳しくするのだ。また、難民についても同様だ。ランベリーの境界を越えぬよう監視をより一層厳しくしようぞ。
オルランドゥ伯
苦しいのはラーグ公も一緒。今なら和平的解決もできましょう。
ゴルターナ公
くどいぞ、オルランドゥ。和平的解決などありえん話だ。
オルランドゥ伯
民あっての国家! 民あっての我々なのです。五十年戦争でもっとも苦しんだのは民百姓ではございませんか! これ以上の増税はいかがでしょう。民だけではございません。前線で戦っている兵たちは満足な食事にありつけない有り様。これ以上、戦いを維持し続けるのは物理的にも精神的も不可能です。

一見すると「あー大変だなあ」程度で読み流しそうなものだが、実はこれ、考えれば考えるほど驚愕すべき内容である。

まずボルミナ男爵の負傷者は我が軍だけで20万人を越えているとの報告だ。負傷者だけで20万なのだから、当たり前ながら健全者を含めた総数はもっと多いはずだ。もちろん。対立する北天騎士団もおそらく同数程度の戦力を保持していただろう

死傷者が士気に及ぼす影響は騎士団のシステムによって上下するが、軍事用語では死傷率(戦闘不能員数)が30%を上まわると健制を失する(ツブれる)と言われているので、あの時点での死傷率を20%前後と仮定して逆算すれば……げげっ、110万人! 「史上最大の作戦」と名高いノルマンディー上陸作戦に参加した連合国軍でさえ、100万人である。もちろん対峙する北天騎士団も同数程度の規模だとすれば、騎士だけでなんと220万人近くも存在した計算になる。ラムザが大衝突を憂うのも無理はない。

それだけに終わらず、この報を受けたオルランドゥ伯はさらに、王都ルザリアに10万人もの難民が流れ込んだというオーランの調べを公開した。10万人といえば大した数である。先のイラク戦争にてイラク難民がイラン国境部に押し寄せた難民の数もおそよ10万であったが、この時イラン政府は難民数が非常に多く、イラン一国では対応しきれないと国連に応援を要請したほどなのだ。中世の、しかも飢饉が起こりかかっている中でこれほどの数の難民が大挙して押し寄せてくれば、普通食料の買い付けどころの騒ぎではない。この点からもイヴァリースの人口はかなり多いと見て間違いないだろう。

では、無謀とは分っているが、これらの値から総人口を求めてみるよう。軍には鎌倉時代のように農民と兵隊が同じ兵農一致型と、江戸や中世西洋のように農民と兵隊が分かれる兵農分離型の二種類があるが、オルランドゥ伯の言葉を見るに後者の可能性が高い。この場合、軍隊は基本的に消費のみの集団となるので、生産担当である農民の余剰生産、つまり税金によって生活していることになる。従って、騎士が存在し得る最大数はこの農民の余剰生産力にかかってくるわけだ。(下図参考)

騎士団実態の参考図。兵農一致の場合、農民=騎士で、農民の数だけ騎士がいることになり、騎士団の規模はいくらでも増やせる。逆に兵農分離の場合、農民≠騎士で、騎士や貴族の生活は農民が支えている。つまり、騎士の数以上に農民が暮らしていることになる▲騎士団のシステムと人口の関係

農業生産力を考える上で重要になるのが主食の種類である。イヴァリースの場合、「小人のパン」などの財宝があることから、主食はおそらくパンだろう。しかし悲しいかな、小麦の収穫効率は想像以上に低い。それを示す資料があるので見てもらいたい。

例えば0.2km2の農場の場合、年間で平均4600kgの穀物を生産する

とされている。1500kgを蒔いて、やっと4600kgの収穫が見込めるわけなのだから、収穫率は約3.1倍。同時期の米の収穫率がゆうに8倍〜10倍を誇っていたことを考えても、ヨーロッパの農業事情は非常に厳しいものだったのである。そのため、ヨーロッパでは通常騎士と呼ばれる階級の人口比は全人口の0.1〜1%が限度で、戦争時でも5%を超えれば大変な事態といえる。

仮に5%として計算をすれば、220万×20で、イヴァリースの全人口はなんと4400万! 日本の総人口の三分の一じゃないか。これではオヴェリアに刺される前にディリータの胃袋は溶けてなくなっている!

意義ありッ!

集合住宅もビル街も無いような国で、4400万人もの人が暮らすのだ。これではいくらウィーグラフが5000人の骸旅団で荒らしまわったとしても、焼け石に水。例え小さな波紋でも、静かな湖であれば確実に広がりを見せるだろうが、大時化の海で起こったところでその存在意義は皆無。これではまずい。

そう思ってブレイブストーリーのデータをひっくり返していくと、この説に意義を申し立てる強力な証拠が持ち上がった。良かったな、ウィーグラフ!

その貴重な証拠こそ、イヴァリースの距離単位ドーマである。「何それ?」と言うことなかれ。主に酒場の儲け話などで登場する単位で、扱いこそ小さいが、立派な資料である。取り合えず次に列挙してみるよう。

ベスラ要塞の城壁周辺距離
7000ドーマ
ドグーラ峠のランドリア山標高
2000ドーマ
フィナス河上流のゼアラ山脈標高
6000ドーマ
ネレベスカ神殿〜ゼルテニア間距離
80000ドーマ

……。何かと突っ込みどころが満載だが、取り合えず最後の二項目に注目して欲しい。ネレベスカ〜ゼルテニア間の距離は、フィナス河上流のゼアラ山脈の標高のおよそ13倍である。これはちょっと高すぎないか?

仮にドーマ=メートルとすると、ゼアラ山脈の標高は6000m。アンデス山脈やヒマラヤ山脈並みの高高度である。ふぅむ、イヴァリースの隠れた観光資源がまた一つ増えてしまったか。って、さすがにこれは高すぎだろう。だいたいそれ以前に、ベスラ要塞の周辺距離が7000mって、逆算したら面積は3900km2――甲子園球場98個分ッ!? こんな要塞、難攻不落どころか攻める方がアホらしいわ!

ええい、ならばフィート(0.3048m)ならどうか。

ベスラ要塞の城壁周辺距離
2134メートル
ドグーラ峠のランドリア山標高
609.6メートル
フィナス河上流のゼアラ山脈標高
1829メートル
ネレベスカ神殿〜ゼルテニア間距離
24380メートル

こちらの方がまだ解りやすい。ただ、イヴァリースという国は想像以上に起伏の激しい国であることには間違いないだろう。ちなみに、ペルーなどの旅行で度々言われる「高山病」は、一般に高度2400m辺りから発症するといわれているので、今回の場合は心配なさそうだ。

しかしながらやっぱりベスラ要塞は問題だ。同じように計算すると面積は363km2。阪神甲子園球場9個分よりやや少ない程度なのだが、甲子園球場の定員は約6万人。こんな小さな要塞に110万の兵士が詰め込めるのか?

50年戦争と獅子戦争

やはり総人口4400万人というのがそもそも無理なのだ。もう一度、騎士団の実態を探る面から考え直したい。

兵農分離型の場合、基本的には騎士はエリートの集団ということになる。江戸時代の士農工商のように、士は士、農は農と、身分を覆すことはまず不可能だ。もちろん、ディリータはその中の数少ない例外といえよう。しかし、グローグの丘で戦った南天騎士団の脱走兵は、もう戦争はたくさんだ! オレたちは故郷へ帰りたいんだ! どんなに貧乏でも泥にまみれて暮らしていた方がいいに決まっている!とのセリフを見ても分るように、どうやら農民出身のようである。むむ、これはどういうことか。

ここで話を戻すと、イヴァリースによっての獅子戦争は、騎士や貴族による封建制が崩れる節目の出来事であった。ということは、騎士は騎士という身分制そのものも、形として崩れかけていたのかも知れない。つまり、こういうことである。

  1. 50年戦争敗色濃厚。戦力(主に人材)が不足してくる
  2. 自国の危機に立ち上がった義勇勇兵(骸騎士団など)の活躍などにより、なんとか50年戦争終結
  3. しかし、戦後処理による財政破綻のために義勇兵を含めた多くの騎士を不当解雇する
  4. その後国王の跡継ぎ問題により、獅子戦争勃発。
  5. ところが各陣営とも財政はまだ再建されておらず、金は無いが兵は欲しい状態に陥る。
  6. 騎士や傭兵などのエリートを雇う資金が無いため、頭数だけでも揃えようと手短な農民を駆り出したのではないか?
  7. とはいえ、所詮はド素人の集団。無理矢理駆り出されたこともあり、脱走が相次ぐ

といった具合だろう。

士気は無いに等しいので瓦解の可能性は高まるが、全人口に占める兵の割合は高くなる。さらに白魔法による治療が容易なので、負傷率も現実世界よりずっと持つかもしれない。試しに、死傷率40%・人口比20%と乱暴に仮定して計算すると、全人口は約550万人。まだなんとかなる数値であるし、10万人の難民も、まぁ考えられなくも無い。

面積を求める

人口から総面積を求めるには、人口密度を決めなくてならない。

中世のヨーロッパはようやく人口が1億の大台を突破した程度なので、仮に1億とすると、人口密度は10人/km2。文化の発達は、可住面積と相殺されると考えると、総面積は約55万km2ぐらいではないだろうか。だいぶ好い加減な計算だが、ともあれ、ようやく信用に値する面積が出た。あとはこの値が矛盾無きものが検証するだけである。

まず東西距離。逆算すると約1048kmで一日のノルマは95km。もちろん徒歩での移動は無理だ。となると、もはやラムザ一行はチョコボに乗って移動したとしか考えられない。どこから調達したのかはこの際考えないことにして、チョコボの移動速度は現実社会のダチョウ辺りと似てくると思われるが、こちらは「チョコケアル」という心強い味方がいる。古代元軍のように、馬を何頭も同時につれて…ということをしなくてもよいため、効率も良さそうだ。移動の面はひとまず解決である。

また、面積55万km2といえば日本の1.5倍程なので、多少火山や砂漠があっても不思議ではないだろう。そういえば、55万km2といえばちょうど今のフランスと同じ面積ではないか。フランスなら、モチーフ的にも色々合致する面が多い。

ついに残る問題は、ベルベニア活火山とゴルランダ大炭鉱・ゲルミナス山岳の謎だけになった。しかしこれが今最大の問題で、「ベルベニア活火山はホットスポット説」や「ゴルランドの炭鉱はそこまで大規模ではない説」などから「自然の悪戯説」まで諸説がある。しかし、ここで私が挙げたいのは現在最有力である「昔ベルベニア〜ゴルランド間あたりを境界に、新旧異なる大陸同士が衝突した」という説だ。

その時、大陸が動いた

大陸が衝突……一見すると根拠も何も無いトンデモ話のように思えるが、実は根拠はある。ゾディアック・ブレイブの伝説によると、太古の昔、まだ大地が今の形を成していなかった時代というのがある。あくまでも神話上の話なのでどこまで信憑性があるかは不明だが、ルガヴィも実在したことだし、あながち嘘だとも言い切れない。

というわけで、イヴァリースが衝突する前の想像図を下に書いてみた。

大陸が衝突する前のイヴァリース地方の地形の想像図。現ロマンダ国がある大陸の南辺りに、ベルベニア活火山を中心としたベルベニア島があり、その東には現オルダリーア国からゲルミナス山脈辺りまでのゼルテニア大陸がある▲むかしむかしのイヴァリース

ベルベニア島はベルベニア活火山を中心とした火山島で、比較的新しい時代に形成された。一方で、現在のゲルミナス山脈辺りまでの大陸、ゼルテニア大陸は、比較的平坦な土地で、とても古い時代から形成されていた。両者の距離は不明だが、そこまで離れていないものと思われている。

その後しばらくして、地殻のプレート活動により、両大陸の距離は徐々に縮まっていった。私たちの世界でいえば、今のハワイ諸島も、プレートの移動に乗ってゆっくりと日本列島に近づいている。

そしてある時、ついに両大陸は衝突した。衝突といっても、プレートによる大地の移動は年間数十センチ程度のものなので、衝突の衝撃で巨大地震が起こったり、あちこちの大地が引き裂かれ、地盤が崩壊し、木っ端微塵になる――などといったことは無い。が、岩盤が緩慢に変化し、多くの古代遺跡が飲み込まれただろう。またプレート同士の接触によって地盤やマグマ活動が刺激され、ベルベニア活火山が大爆発を起こしたとすれば、多くの文明が壊滅的な打撃を受けたのは想像にたやすい。これは筆者の想像に過ぎないが、実はこの大陸同士の衝突こそが、あの伝説の「大崩壊」の正体ではないかと考えている。その証拠として、秘境「魔大陸」の出現は地中内の浮遊石のバランスが、何らかの衝撃によって変化したからだとされている(これについてはまた別の機会にじっくりと考察していきたい)

それはともかく、この岩盤の変化によって、ゼルテニア周辺の古い平地は押し上げられるように隆起し、ゲルミナス山岳やゼアラ山脈を形成したと思われる。イヴァリースの地形がやたら複雑なのも、このためだ。

これで終わらないのがイヴァリース

では、今までの考察によって導き出された結論を、次の表にまとめたい。

▲決定版! イヴァリースってこんな国
項目イヴァリース14世紀イギリス日本国補足
国教グレバドス教キリスト教(景教)神道・仏教(一部景教回教など)
首都ルザリアロンドン東京
気候地中海性気候(一部砂漠気候、高山気候)西岸海洋性気候温暖湿潤気候(一部亜寒帯気候)
総人口約550万人(推定)約370万人(1346年)約12,520万人(1995年)日本の約23分の1
英国の約1.5倍
総面積約55万km2約24万km2(1995年)約38万km2(1995年)日本の約1.5倍
英国の約2倍
人口密度約10人/km2約15人/km2約331人/km2(1995年)日本の約33分の1
英国の約3分の2
統治体制封建制から中央集権制への過渡期封建制末期議会制民主政治・立憲君主制
国交状態欧国以外は交易関係がある極一部を除いて交易関係がある
文明レベル18世紀末の先進国程度(近代)14世紀のヨーロッパ程度(中世)21世紀初頭先進国(現代)
文化レベル14世紀後半のヨーロッパ程度(中世)14世紀後半のヨーロッパ程度(中世)21世紀初頭先進国(現代)
建築様式ロマンダ様式・ゴシック様式などゴシック様式
主な名産品マジックアイテム・バッカスリキュールなど工業製品・精密機器・鉄鋼など
主な観光地ゼイレキレの滝・ガリランド・各秘境などケンブリッジ・ヨークなど京都・日光・奈良・横浜など

どうだろうか、何も考えてなかったときよりも、ずっとイヴァリースの様子がありありと見えてはこないだろうか。そして、新たに他のことに対する疑問がぼんやりと浮かんでこないだろうか。

さて、これで一応結論らしき結論は出た。しかし、これで全ての問題に対して結論を出せたわけではない。例えば死傷率の値も、あくまでも仮説に過ぎないし、大陸衝突説に至っては今のままでは怪しい妄想の域を出ていない。このように、解決すべき問題はまだ山のように残っている。またそれ以前に、「これが解ったら終わり」といった線引きが、果たして本当に意味を持つだろうか。

イヴァリースの謎について、今もなお畏国研究者の間で疑問の提唱・議論が行われている。さあ、あなたもアラズラム・J・デュライの遺した「真実の書」を片手に、謎と神秘が渦巻くイヴァリースへ、いつもとは違った視点で歩いてみようではないか。

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